育犬ノイローゼに悩まされた、むーたんの子犬時代

むーたんを迎えたばかりの頃、私は若干ノイローゼっぽくなってしまい、家に帰るのが苦痛で仕方ない時期がありました。後になってから、実はそういう状況に陥ったことのある飼い主さんが意外と多いということを知って驚いたものです。ドッグライフは楽しいことばかりではないということを、これから犬を迎える人にぜひ知って頂きたいと思います。

子犬を迎えることの難しさ

楽しいだけではないドッグライフ

映画やSNSの投稿に出てくる犬の姿はとても可愛くて、飼い主さんとの絆の深さが伺えるものばかり。海辺をお散歩したり、一緒のお布団で眠ったり、犬と暮らしたことのない人にとって、犬のいる生活はとても楽しそうに映ることでしょう。しかし、犬と一緒に暮らすことは想像以上に大変です。特に子犬を迎えたばかりの時期は、悩むこともたくさんあります。

実家のワンコではわからなかったこと

私がむーたんのママにならないワケ」でもご紹介しましたが、私の実家にはこうちゃんという名前の可愛いヨーキーがいます。こうちゃんは家族の中でも一番私に心を開いてくれていて、私たちは縁側に並んで日向ぼっこをしたり、くっついて眠ったりして、一緒にたくさんの幸せな時間を過ごしました。しかし、両親がこうちゃんを迎えたのは、私が大学進学のために上京した直後のことだったので、私は子犬を迎える大変さを知らなかったのです。

こうちゃんとの楽しい関係こそがドッグライフの全てと思い込んでいた私は、東京でむーたんを迎えてみて、あまりの大変さに衝撃を受けました。ワクチンが終わるまでお散歩できないこと、お散歩をするには練習が必要なこと、ごはんは3〜4時間おきにあげなければならないことなど、知らないことだらけだったのです。初めての子犬育ては思っていた以上に大変で、まだ子犬だったむーたんに声を荒げてしまったこともありました。

悲しい犬を増やさないために

犬と暮らす大変さを知らないまま子犬を迎えてしまうと、迎えた後になって想像とのギャップに苦しむことになります。これが原因で犬を手放すという選択肢を考える飼い主さんもいるそう。私もむーたんと暮らしてみるまでは、「なにがあっても犬と添い遂げることが飼い主としての最低限の責任だ」と考えていましたが、実際に自分が大変な経験をしたことで、そういった飼い主さんの気持ちもわからなくないと思うようになったのです。もちろん、一度迎えた犬を手放すなんて絶対してはいけないことですし、飼い主さんは自分の犬に一生涯責任を持たなくてはいけません。そのためにも、犬を迎える前にドッグライフの大変さを理解しておいたほうがいいと思うのです。

想像とかなり違ったむーたんとの生活

自分の時間が取れない

むーたんがやってくるまで、私は仕事漬けの日々を送っていました。20代後半にさしかかり、ちょうど仕事にやり甲斐を感じていた頃で、朝早く会社に出かけ、夜遅くまでパソコンに向かい、仕事を終えると職場の仲間と軽く飲みに行ったりして、家に着くのはだいたい日付をまたいでいました。仕事はハードでしたが、みんなでカップラーメンをすすりながら夜遅くまで仕事をすることも、仕事終わりに同僚とおしゃべりすることも、お休みの時に好きなだけ寝ることも、当時はすごく楽しかったのです。

それがむーたんを迎えてからというもの、急いで仕事を切り上げて家に帰らなくてはならなくなりました。子犬は空腹時間が長いと命に関わるため、早く帰ってごはんをあげないといけないのです。夜の息抜き込みでハードな仕事をがんばれていた部分もあったので、仲のいい同僚からの誘いを全て断って帰るのは、精神的につらかったです。

夜鳴きで眠れない

おうちにやってきたむーたんはまだ赤ちゃんだったので、お家の環境に慣れるまでかなり時間がかかり、夜鳴きも続きました。かなしそうにキューキューと鳴く声で、夜中に何度も目が覚めました。寝不足でフラフラになりながら仕事をして、仕事が終わると走るように家に帰ってごはんを与え、疲れ切って眠ろうとしてもキューキューという声が気になって眠れません。次の週末を迎えるまでほとんど眠れず、その一週間はボロボロでした。

心を閉ざしてしまった子犬

自分の時間が取れないことも、睡眠時間が取れないこともつらかったのですが、それ以上にむーたんが心を開いてくれないことがなによりもストレスでした。実はむーたんは我が家に慣れるまで、なんと1ヶ月以上もかかったのです。子犬をお家に迎えるとき、早い子だとお迎えした翌日から、遅くても2週間くらいまでには新しい環境に慣れるといいます。しかし1週間経っても2週間経っても、むーたんは一向に心を開いてくれる兆しが見えませんでした。

仕事を放り投げて、寝る時間も削って、一生懸命むーたんのお世話をしていても、私はずっとむーたんと距離を感じていました。毎日できる限り時間を作ってむーたんと遊んでいるにも関わらず、ワクチンを打ちに行った動物病院で「まだお家に慣れていないようなので、しっかり遊んであげてください。」なんて言われる始末。少しずつ憂鬱な気分に苛まれるようになっていきました。

育児ノイローゼならぬ育犬ノイローゼ

私のことが嫌いなのかも、と感じるように

むーたんパパは私以上に仕事が忙しい人です。むーたんをお迎えした後の1週間は、日中の隙間時間に帰宅して、ごはんをあげてくれたり遊んでくれたりしていましたが、2週目以降にそのしわ寄せがドッときて、夜遅くまで帰ってこない日が続いていました。

私はお家で1人、心を開いてくれないむーたんと過ごしていたのですが、徐々にむーたんが私のことを嫌っているように感じはじめたのです。むーたんと出会ったペットショップの店員さんから、「子犬は赤ちゃんと同じで体ができあがっていないため、しっかりごはんを食べないと低血糖症になって死んでしまいます。こまめにごはんをあげてくださいね。」と言われていたので、私はいつも帰宅後すぐにごはんを準備しました。でもむーたんは食べようとしません。ごはんをそっちのけでボールを追いかけ、ぴょこぴょこ跳ね回ります。

「むーたん!ごはん食べなきゃ死んじゃうよ!!」

むーたんは半泣きで話しかける私が見えていないかのようにボールを追いかけ回します。それなのに、パパが帰宅するとお皿に入っているごはんをむしゃむしゃ食べるのです。トイレトレーニングも難航し、ちょっと目を離したすきにカーペットの上で粗相します。でも、やっぱりパパが帰ってくるときちんとトイレシートの上でするのです。

私のことが嫌いなのかな…。だんだんそう思うようになっていきました。

そしてお家に帰るのが憂鬱に

むーたんを迎えて3週間が経った頃、仕事でトラブルが発生しました。緊急対応でなんとかその日のうちにおさまりましたが、すっかり疲れてしまって、「お疲れ会しようよ」という同僚からの誘いをどうしても断りたくありませんでした。その誘いを断って家に帰ったところで、私のことを嫌っている子犬がいるだけ。ここで誘いに乗ったら、きっと気分転換できるはず。行きたい…、どうしても行きたい…。私の気持ちは完全に子犬よりも同僚との食事に傾いていました。

結局、同僚の誘いは断って、むーたんの待つ家に大人しく帰りましたが、本当はお家に帰りたくなかったのです。一人ぼっちの子犬を放って、同僚と飲みに行きたかったのです。子犬さえいなければ飲みに行けたのに…。そんな無責任なことを考えるなんて最低の人間です。自分自身に嫌気がさしつつも、私はお家に帰るのが憂鬱になっていきました。

つらい気持ちを1人で抱える辛さ

子犬の体は免疫が完全にでき上がっていないため、ワクチンを打ち終えるまでお散歩をさせてはいけません。他の子犬たちと触れ合えるのも、ワクチン接種が終わってから。そのため、子犬を迎えてしばらくの間は、従来のお友達と遊ぶことができないばかりか、新しい犬友達を作ることもできません。犬を迎えたばかりでは動物病院の先生との関係性もできあがっておらず、相談できる先が全くないのです。

ネットを開けば「犬は最高だ!」「犬を大切にできない飼い主は最低だ!」という情報が山のように出てきて、ますます自分が最低の人間に思えてきます。むーたんを迎えたことで苦しんでいるなんて、最低すぎてむーたんパパにも伝えることができませんでした。きっとそんな気持ちがむーたんに伝わって、より嫌われてしまったとも思いました。

転機はずっと前から決まっていた旅行

むーたんパパからの告白

むーたんと出会うよりもっと前に、私たちは沖縄旅行に行くことが決まっていました。子犬を預けて旅行に行くのはいかがなものかと思いつつも、疲れ切った私を見かねたむーたんパパが「気分転換にもなるだろうし、せっかくだから行こうよ。」と言ってくれたので、むーたんを動物病院に預けて行くことにしました。

その旅先でむーたんパパの方から、「実はむーたんと心の距離を感じている。」と打ち明けられたのです。私はむーたんパパが私と同じように感じていたことが嬉しくて、自分1人だけで悩んでいたわけではないことがわかって、すごく勇気付けられました。そして私も、その状況に悩んでいること、つらいと思っているということを、初めて打ち明けることができたのです。

それから私たちはきちんと話し合いました。今はまだ、むーたんは心を開いてくれていないかもしれないけれど、いつの日かきっとむーたんがお家を好きになってくれるように、2人で協力して全力を尽くすこと、そしてむーたんが私たちのことを好きになってくれるまで、今まで以上に大切にしてあげようと決めました。その話をできただけで私はすっかり元気になったのですが、旅行から帰るとさらに嬉しいことが待っていたのです。

お家に帰って大はしゃぎ

むーたんは今まで、お家が好きではないように見えました。私たちが仕事から帰ってきても、あまり嬉しそうにはしてくれません。尻尾をピクリとも動かさず、ただボール遊びをはじめるだけです。普段からそんな風に感情を表に出さないむーたんが、預け先の病院から家に帰ってきた瞬間、大はしゃぎで部屋の中を駆け回ったのです!

「帰ってきた!!むーたんのお家に帰ってきた!!!」

まるでそんな風に言っているようでした。嬉しそうに目を輝かせ、部屋中を駆け回ります。今までこんなことはなかったので、その時私たちは初めて、むーたんが私たちの家を自分のおうちだと認識してくれていることに気付いたのです。お部屋のことが好きなら、いつかきっと私たちのことも好きになってくれるはず。涙が出そうになるほど、感動した瞬間でした。

すっかり仲良くなった私たち

それからというもの、むーたんと私たちの距離はぐっと近くなりました。今までボールの後しか追いかけなかったむーたんは、次第に私の後をついてくるようになりました。お風呂に入るときも、トイレに行くときも、料理を台所からダイニングへ運ぶ時も、ずーっと私のあとを追いかけてきます。私が仕事から帰ると、小さな尻尾をぴこぴこさせて飛び出してくるようになりました。そんなむーたんが可愛くて可愛くて、私も仕事をサクッと終わらせ、飛ぶように帰りました。1秒でも早くお家に帰りたいと思えるようになったのです。

意外と多い育犬ノイローゼ

むーたんのことを大切に思う気持ちから、私はペット保険の会社へ転職を決めました。そこではたくさんの飼い主さんが働いていて、多くの犬好きな人と知り合うことができました。私の上司も相当な愛犬家だったので、むーたんの体調が悪い時は、周囲に気兼ねすることなく午前休をとって病院へ連れて行くことができました。

ある日、上司と打ち合わせをしている時のこと。ふとした流れでむーたんを迎えた頃の時の話になりました。「実はむーたんを迎えた頃、ノイローゼっぽくなったんですよね。」と言った私に、上司は意外な返答をしました。

「子犬を迎えた頃にノイローゼになる飼い主さんは多いんですよ。育児ノイローゼに似ていると思います。実は私もなりました。動物行動治療学の先生が言うには、責任感が強くて真面目な人ほど、子犬を迎えた時ノイローゼにかかりやすいらしいです。確か、●●さんや○○さんも子犬を迎えてノイローゼ気味になったと言っていました。」

私はてっきり、自分が神経質なだけだと思っていたので、この話にはびっくりしました。そして、その後も仕事を通じて色々なことがわかりました。動物福祉の進んでいるスウェーデンでは、新しく犬を迎えた飼い主さんのための施設があって、慣れない犬とのコミュニケーションの取り方を教えてくれるということ。飼い主さんが思い詰めてしまった結果、人間も犬も不幸な結果になるケースは決して少なくないということ。日本はそういった意味でも、まだまだペット後進国であるということなどです。

最後に

子犬を迎えるということは大変なことです。子犬も生き物ですから、絶対に飼い主の思い通りにはならないし、楽しいことばかりではありません。しかし、大変だと感じること自体は、決して悪いことではありません。慣れない子犬とのコミュニケーションがうまくいかないことはよくあることです。悩んだときは動物病院の先生やトレーナーさん、知り合いに飼い主さんがいれば、ぜひ相談してみてください。