小さな頃、私は毎日のように怖い夢を見ていました。しかも、同じ夢を繰り返し何度も見るので、いつか悪夢が現実になりそうでとても怖かったのです。
枕元に布製のソファーが置いてあったので、寝る前はいつもそれにしがみついていました。起きるまでちゃんとしがみついていられたら、絶対に悪夢を見ないと思っていたのに、朝起きるといつもソファーから離れてしまっていて、結局怖い夢に怯えて目を覚ます日々。
20代の頃、抱き枕がないと眠れなかったのは、その時の記憶が影響しているような気がします。
大人になってから、夢を見る回数は子どもの頃よりも少なくなりました。
ただ夢を見るときはほとんどが悪夢です。
夢から醒めた時、朝になっていたらまだいいのですが、真っ暗な中で眼が覚めると、夢と現実の境が曖昧で、しばらく夢だったことがわからず、怖くて息苦しい状態が続くのでした。
昨日、久しぶりにとても怖い夢を見ました。
私はタクシーに乗っていて、宿泊先のホテルへ向かっていました。しかし、自分がいつどうやってタクシーに乗り込んだのかわかりません。記憶がないのです。不安になった私は、自分がこの車に乗り込んでからどのくらい時間が経っているのか、運転手さんに尋ねてみました。
運転手のおじさんがくるりと振り返りました。
が、なんだか様子が変です。
おじさんの目はとても虚ろで、焦点が定まっていないのです。
そして全く答えになっていない、支離滅裂なことを言い、再び前を向きました。
ふと気付くと、タクシーは人気のない、真っ暗な山道を走っていました。
かなりのスピードが出ています。
不安になって、私はもう一度同じ質問をしました。
すると、ぐるん、と運転手さんの顔がこちらを向きました。
手はハンドルを握ったまま、じっと私の方を見ているのです。
しかしやはり目は虚ろで、首もだらりと力なく、まるで死体が動いているかのように見えます。
私は怖くなって外を見ました。
タクシーは暗い夜道を、猛スピードで突っ走ります。
「あの、前を見てください。」
運転手さんはギギッ、ギギギッ、と錆びついた人形のようにゆっくり前を向こうとします。
その間にも窓の外の道路はどんどん後ろへ流れていきます。
私はヘッドライトが照らす暗い道を凝視しました。そして「ひっ」と悲鳴をあげました。
道が大きくカーブしているのです。
「早く!!ま、、前を見てください!」
必死に叫んだものの、ときはすでに遅く、タクシーはガードレールを突き破って、空へ飛び出しました。
一瞬、フワッと内臓が浮かんだような気持ち悪い感触のあと、ものすごい重力に引っ張られて体が引き裂けそうになりました。
激しく揺れる車内で必死に顔を上げると、フロントガラスの外に大きな岩山が…。
「ぶ、、ぶつかる・・・!」
そこで目が覚めました。
目を開けると真っ暗な世界が広がっていて、私はしばらく動くことができませんでした。
ゼェッ、ゼェッ、という自分の呼吸以外なにも聞こえてこず、真っ暗闇の中、指一本動かすこともできません。
全身冷や汗でびっしょりでした。
くぅーっ、くぅーっ。
・・・ん?
なんだか小さな寝息が聞こえます。
耳のすぐ近くから聞こえるようです。
恐る恐る指を動かしてみました。
指先だけ動きますが、腕はまだ動きません。
ふごふご…。
むふーん。
すぴーっ、すぴーっ。
ふたたび寝息が聞こえてきます。
寝息というか、イビキというか…。
なんだか心地いい、聞きなれた音です。
頭を右に傾けると、あったかくて、モコモコした、小さいかたまりが頬に触れました。
私の頭のすぐ近くで、むーたんが丸まって寝ていたのです。
しばらくくっついていると、毛玉は少しもぞもぞ動いたものの、気持ちよさそうな寝息が止まる気配はありません。
小さな寝息と、とくんとくんと脈打つ心臓の音を聞いていると、私もすっかり落ち着いて、全身を動かせるようになりました。
最近は怖い夢を見ても、とびっきり癒し効果のあるむーたんのおかげで、目が覚めた後に怖い思いをしなくなりました。
むーたんが夢に出てきてくれたらいいのにな…。
すっかり落ち着いた私は大きく寝返りを打って体を右側へ向け、幸せな毛玉にくっついて再び眠りに落ちました。