こうちゃんとの再会

私は高校時代、勉強漬けの毎日を送っていました。

友達と遊びに行くことも、彼氏とデートすることもなく、一人机に向かい続ける日々。

青春らしい思い出は何もなく、岡山の繁華街がどこにあるのかも知らないまま、東京の大学に進学したので、岡山という街にはなんの未練もありませんでした。

しかし、私が大学進学をした直後、実家にやってきたヨークシャーテリアのこうちゃんの存在によって、私は地元好きの同級生よりも、ずっと頻繁に帰省するようになったのです。

 

 

 

 

こうちゃんと私は、一緒に暮らしてこそいませんでしたが、家族の誰よりも仲良しでした。

結婚した妹が実家に帰ってきたとき、こうちゃんは玄関までお迎えに行くのですが、私が帰ったときは大興奮して部屋中を駆け回ります。そして弾丸のように私のところへ突っ込んできます。

自由を愛する性格で、あまり人にベタベタ触られるのは好きではない子なのですが、私が帰ると自分からくっついてきて、私のお腹の上で眠ったり、顔の上に陣取ったり、並んでひなたぼっこをさせてくれました。

 

 

 

 

こうちゃんはとても頭がいい子で、人間の言葉をよく理解しています。

むーたんも「まんま」「お散歩」「ぱぱ」などの簡単な単語はわかりますが、こうちゃんはむーたんよりも複雑な言語を理解しているようでした。

お出かけするときに「黒いブーブーで行くよ。」と言うとお父さんの車の前で待ってましたし、「赤いブーブーで行くよ。」と言うとお母さんの車の前で待ってました。

お父さんの靴下をブンブン振り回して遊んでいるときも、「返しなさい!」と言うと無視するのですが、「こうちゃん、そんなのくわえたら水虫がうつるよ。(※ ちなみに父は水虫ではありません。)」と言うとポロッとはなすのです(笑)。

 

 

 

 

 

そんな賢いこうちゃんは、私がいついなくなってしまうのかも、わかってしまうようでした。

私が東京に戻る前日の夜、お母さんがこうちゃんに「こうちゃん、お姉ちゃんね、明日帰っちゃうんだよ。」と言うと、それから不安そうな顔をして、ずーっと私のことを追いかけてきました。最初はたまたまだと思っていましたが、それ以降も、私が帰る前日になると、必ず不安そうに私のあとをついてくるのです。

こうちゃんが私たちの言葉を理解しているとわかってからは、できるだけこうちゃんに寂しい思いをさせたくなくて、前日の夜は普通に過ごし、出発直前に荷造りをするようになりました。

 

 

 

 

そんなこうちゃんの体調があまりよくないという話を両親から聞かされた私は、こうちゃんに会うため、先週末岡山へ戻っていました。

こうちゃんは今年で14歳になります。食欲が落ちてガリガリに痩せてしまったと聞いて、とても心配になり、こうちゃんを元気づけるために帰ることにしたのです。

しかし、「食いしん坊こうちゃんとお騒がせな両親」にも書きましたが、私の両親はとてもお騒がせな人たちなんです。実際会ってみると、こうちゃんはいつも通り食欲旺盛で、痩せたと言っても、少し贅肉が取れたかな?という程度でした。

 

 

 

 

 

ガリッガリに痩せてしまったこうちゃんを想像していた私は、普通にふっくらしているこうちゃんの姿を見てホッとしました。

高齢で耳が聞こえにくくなってしまったせいか、私が帰ったことになかなか気づきません。でも私が「こうちゃん、ただいま。お姉ちゃん、帰ったよ。」と声をかけると、ハッとして、いつものようにものすごい勢いで部屋中を走りはじめました。

若い時と全く変わらない脚力に、思わず笑みが溢れました。

 

 

 

 

ただ、いつも部屋中を走り回った後は私のところに飛んでくるのに、今回は違いました。コタツの中に潜ってしまって、出てこなくなったのです。

そこでコタツの布団をめくると、こうちゃんの目が見えました。

白内障のせいで少し白っぽくなった瞳で、私の顔をじぃーっと見つめています。

 

 

 

 

「こうちゃん、なにしてるの?お姉ちゃんだよ。帰ってきたよ。」

私がコタツの中に手を入れようとすると、お父さんが「やめとけ。噛まれるぞ。」と言いました。

こうちゃんは自分のテリトリーを侵害する相手は、誰だろうと容赦しません。

現に父は何度も手を噛まれています。

でもこうちゃんが、帰ってきたばかりの私の手を噛むはずがありません。

私は構わずコタツに手を入れて、こうちゃんの頭に触りました。

すると・・・

 

 

 

 

 

きゅー、きゅー、きゅー。

コタツの中から、今まで聞いたことがないような悲しい声が聞こえてきました。

唸り声が聞こえたらすぐに手を引っ込めようと思っていた私はびっくりして、「こうちゃん、こうちゃん。」と呼びかけました。

するとまた、きゅーきゅーきゅー、という悲しい声が聞こえてくるのです。

私は頭からコタツに潜って、こうちゃんをぎゅーっとしました。

 

 

 

 

 

頻繁に帰省していると言っても、むーたんのように長い時間、一緒にいるわけではありません。

帰ったところで、昔のように一緒にお出かけしたり、お散歩に行ったりすることができるわけでもありません。

それでもこうちゃんは、たまにしか会えない私のことを、ずーっと待っててくれたのです。

こうちゃんが「あいたかったよ。」と泣いているように聞こえて、私も思わず涙ぐんでしまいました。

 

 

 

 

 

今回の帰省にはむーたんカメラを持って行きました。撮影が下手なお母さんとお父さんにかわって、とびっきり可愛いこうちゃんの写真を、山ほど撮影してきたのです。

あと何回こうちゃんに会えるでしょう。

考えたくないような、でもちゃんと考えないといけないような…。

また来月、妹が出産したことを口実にして、こうちゃんに会いに帰りたいと思います。